週末は平塚のピアノフォルテで生演奏を。

湘南

※この物語は事実に基づいたフィクションです





休日飲みに出る。
日頃の疲れを癒すため、というよりもこれもまた仕事なのだ。
飲食を生業とする私にとっては切り離せない日常。
今日もまた食べる。
気をつけているのは意識しないこと。
時に考えることもなく味わう。
ただ食べて飲む。
この作業がとても心地よい。
贅沢なのだ。

そんな贅沢を経て、私は月に1度ジャズバーに行く。
ある街のビルの2階にその店はある。
ずっと昔から存在は知っていたのだが、最近まで足を踏み入れたことはなかった。
少しだけ急な階段を登り僅かに重たいドアを引くと生演奏が聞こえてきた。
これは。
Frank SinatraがカバーしたFry Me to the Moonだ。

フランクシナトラといえばシチリアの友人がおすすめしてくれたことがきっかけで好きになったアーティスト。
この曲の日本語名は「私を月に連れていって」であるが、この日は月が綺麗なのがまた感慨深い。

こんな日はまずはギネスビール。
もうすでにビールは3杯飲んでいる。
さっき取材に行った居酒屋ですでに日本酒と焼酎も飲んできている。
お腹ももう膨れており食べることは出来ない。
だけどこのスタウトの優しい炭酸と鼻から抜ける香ばしさが、生演奏に足りてないものを補ってくれる。

数分後一部目の演奏が終わり、本日の歌い手さんとお客さんの交流が始まった。
私は甘くビターになった最後の一口を飲み干しお会計をしようと思ったのだが、隣にいる若者が飲んでいるハイボールの氷の音がいやに心地よく、これを演奏に気づけばもう一杯注文していた。

ウイスキーサワーはシチリアのバーでよく注文していたカクテルで、イタリアではあまり馴染みがないようだったがウイスキーハイボールの文化がないイタリアにおいては私にとっては貴重な存在であった。
バーテンダーによって作り方も違うと思うが、スコッチウイスキーのスモーキーさにレモンの酸味とシロップの甘さがシチリアっぽいのだ。
ハイボールの氷の音に目の前でシェイクする音も演奏に加わり、ご歓談中の声もある。
ジャズバーは演奏がなくたって、いつだって自然に音楽が流れている。

目の前にウイスキーサワーが登場したころには私はすでに酔っていた。
お酒で酔わないが、場の雰囲気ではめっぽう弱い。
五感が揺れている。
ウイスキーサワーを一口飲む度に心地よい。
シチリアにいた頃を思い出させてくれる。
まだ寒い冬なのに、あの青が思い浮かぶ。
今日はこの辺にしておこうか。

少しだけ急な階段を下ると、まだ現実に戻れない自分がいた。